2011年03月06日

2009年5月 海外の旅!!さぁ、朝鮮半島へ。。〜韓国編〜 1日目

大変遅くなりまして申し訳ございません。。 旅のネタが溜まり過ぎているので、とりあえず頑張って更新しますので宜しくお願いします。汗


 2009年5月連休(当時25歳) 韓国の旅!! 1日目

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2009年の海外渡航先は・・・朝鮮半島において軍事境界線(38度線)を挟み朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の統治区域と対峙する分断国家ーーー”大韓民国”です!!

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AM12:50−成田国際空港でMさん(兄の嫁)と合流。2008年11月以来、久し振りの海外なのでハイテンション気味。w

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ウチらが乗るのは韓国代表の大韓航空(コリアンエアー)。今回の航空券は往復6万でやや高めだが、シーズン価格なので仕方ないのである。

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大韓航空の機内食はコチュジャンの味付けまであってちょっと辛いが、意外と美味い!!

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日本から出発して3時間後、韓国・仁川国際空港に到着。バスでMさんの親戚が住んでいるヤクスっていう街へバスで移動する。

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韓国の路線バス。ハングル文字だらけだーー。。

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仁川国際空港の売店で買った怪しけなドリンク。腸がよくなるらしいが、味としてはちょっと微妙・・・

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韓国の風景。

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おおーーっ高級マンションが立ち並んでいるのではないか。ヤクスは大金持ちの住宅街のようだ。

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ハングル文字だらけの街。。

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Mさんの家族が住んでいる高級マンションで1週間お世話になってくれる事に。。

おそるおそる高級マンションの部屋に入ってみると・・・

うおーーー!!!ひ、広すぎる・・・・っ!!

部屋の広さは半端じゃなく、ホテルのスイートルーム並みの豪華な部屋が多数あるとは・・・。

金持ちが住む高級マンションに入ったのは生涯初めてです。^^;


※後で一部だけの写真を載せておきますので、お楽しみにしてくださいw


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Mさんの家族と一緒に韓国名物の焼き肉を御馳走した後に車で東大門へ。

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韓国式のデパート。店内に入ってみると意外と狭く、デパート内に多くの小さな店が無理矢理詰め込んでいるといった感じだった。特に洋服の店はどの店でも均一10000ウォン(1000円)ですっごい安かったので、韓国に来た記念としてYシャツを購入。w

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東大門はデパートや商店街?、どのショップでも24時間営業で、不夜城の新宿を超えている。この写真は夜2時半頃に撮影したもの。。夜の街並みを見れば、まだ夜6時って感じがするんだよね^_^;

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夜3時半までに東大門の周辺をブラブラし、眠たくなって来た頃に高級マンションに戻って一泊し、1日目終了。


    ー1日目ー

 成田国際空港〜韓国・仁川国際空港〜ヤクス〜東大門
posted by ネリ at 01:34| 群馬 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 大韓民国(2009年25歳) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月15日

海外からの支援が94カ国に。

外務省は東日本巨大地震への海外からの支援申し出が94カ国・地域と9国際機関になったと発表したそうだ。

94ヵ国って・・・・地球の半分以上じゃないですか!!!ヨーロッパ全国、アフリカ、そして意外にもバングラデシュまで支援してくれるなんで驚き。

国連や各国から激励コメントが。。


国連

「日本は今まで世界中に援助をしてきた援助大国だ。今回は国連が全力で日本を援助する」

アメリカ合衆国

「日本がアメリカにとって最も近くて強い同盟国であり、わたしの思いと祈りは大地震と津波の被害にあった日本とともにある」

ロシア

「日本は親しい隣国。さまざまな問題はあるが、われわれは信頼できるパートナーであり、エネルギー供給支援に全力を尽くす」

韓国

「最も近い国である日本で発生した大変な災害に対し、見て見ぬふりをすることはできない。『人類愛』の観点から、最大限の支援を行う方針だ」

中国

「四川大地震のときに日本は支援してくれた。今回は中国の番だ」

ニュージーランド

「私たちの惨事に対し日本は多大な支援をしてくれた。友人である日本国民のために、今度は私たちが必要なあらゆる支援を提供する用意がある」

イタリア・ローマ法王

「私の魂は、あのような災害を前に、尊厳と勇気を持った親愛なる日本の人々と共にある」

台湾

「救援隊を待機させている。日本側の要請を受けたらすぐに出動したい」

ドイツ

「支援の要請があれば、ドイツはパートナーの日本を支援する」

英国

「今こそみんなで支援しないと。日本のことを強くいろいろ感じずにいられない。」



驚いたことに、リビア反政府側からわざわざ日本のこの大地震の被害者へ哀悼の意が届いてきた事も。


特にオバマ大統領、いい事言うじゃん!!

「我々は文化、言語、宗教の違いはあっても、究極的に人類は一つだ。それはニュージーランド、ハイチ、日本のどこであれ、天災に見舞われたとき、だれもが家族を思い、愛する人を失ったらどう思うだろうか、心をはせるからだ」


世界中の国が一致団結して全力で支援してくれるなんで、、、、こんな光景、見た事があるだろうか?

”今まで日本が色々な国の被災地を支援してきたのは決して無駄じゃなかったんだね。”

と思うと涙が出そうになった。。世界中の皆さん、本当にありがとう!!


↓↓↓↓
支援表明国・地域

(アジア)
 インド,インドネシア,カンボジア,シンガポール,スリランカ,タイ,韓国,中国,ネパール,パキスタン,バングラデシュ,東ティモール,フィリピン,ベトナム,マレーシア,モルディブ,モンゴル,ラオス

(アジア(地域等))
 台湾,香港,ASEAN

(大洋州)
 オーストラリア,ニュージーランド

(北米)
 米国,カナダ

(中南米)
 アルゼンチン,ウルグアイ,エクアドル,エルサルバドル,キューバ,コロンビア,スリナム,チリ,ニカラグア,パナマ,パラグアイ,ブラジル,ベネズエラ,ペルー,ボリビア,ホンジュラス,メキシコ

(欧州)
 アイスランド,アイルランド,アゼルバイジャン,アルメニア,イタリア,ウクライナ,ウズベキスタン,英国,エストニア,オーストリア,オランダ,カザフスタン,ギリシャ,キルギス,グルジア,コソボ,スイス,スウェーデン,スペイン,スロバキア,スロベニア,セルビア,タジキスタン,チェコ,デンマーク,ドイツ,トルクメニスタン,ノルウェー,ハンガリー,フィンランド,フランス,ブルガリア,ベルギー,ポーランド,リトアニア,ルーマニア,ルクセンブルク,ロシア,EU

(中東)
 アラブ首長国連邦,イスラエル,イラク,イラン,オマーン,カタール,クウェート,トルコ,ヨルダン

(アフリカ)
 ジブチ,チュニジア,南アフリカ,モロッコ

(国際機関)(アルファベット順)
 赤十字国際委員会(ICRC),国際移住機関(IOM),国際電気通信連合(ITU),国連人道問題調整部(OCHA),国連難民高等弁務官事務所(UNHCR),国連教育科学文化機関(UNESCO),国連児童基金(UNICEF),世界銀行,国連世界食糧計画(WFP)


外務省のホームページ
http://www.mofa.go.jp/mofaj/saigai/index.html#shien



P.S.ドイツの友人からわざわざウチに連絡が来て、「地震大丈夫か??もし、いつか地震が起きるようだったら、ドイツかロシアに引っ越して来い!!歓迎するよ。」と心配してくれたそうです。^^;
posted by ネリ at 01:43| 群馬 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東日本大震災

ウチは無事に生きています。。

3月11日に仙台で国内最大8.8の大地震が起きてしまい、多数の方々が被災されている現状には本当に心が痛みます・・・。

ウチが体験した地震の出来事は下記の通りです。


3月11日 最初は微小の揺れが起きた。 

職場の人達は「またかよ。こんなのすぐ収まるさ。」とノー天気にゲラゲラと笑っていた。

やがて、だんだんと揺れが大きくなってゆく。

「おおっー。やけに大きく揺れるねぇー、そんなのすぐ収まるから気にしない。。。さぁ、仕事、仕事。」

震度3、4位の揺れになっても職場の人達は微動せずノー天気でゲラゲラと笑いながら楽観的なムードでのんびり仕事をしている。


なぜ、そこまでノー天気なのか??それは大きな理由があった・・・。

大きな地震が来る前の2,3カ月位は震度1〜3位の微震が何回も出ていた為、職場の人達は地震に慣れてしまい、危機感が薄れてしまったのだ。汗(ウチも含めて)


だんだんと大きく揺れてゆく。


震度5を超えると、職場の人達は笑いの表情が消え、「え、えっ?い、今の揺れはちょっとやばい・・・?とにかく机の下に隠れた方が良さそうかな?」的な感じでやっと行動に移る事に・・・。



そして、震度6強の地震がやってきた。(群馬県)


「 うおおおおおおーーーっ!!!!  」


ウチの職場は2階建てのオンボロ建物だった為、立ち上がる事が出来ない位ゼリー状の如く思いっきり揺れ、天井がバンバンと落ちてきた。



「や、やば・・・・ここはオンボロ建物だから床が割れて一階に落ちるんじゃ・・?このまま落ちて死ぬのかな、オレ。」



バイク事故、ペルー沖大地震に遭遇して以来、久し振りに”死”を感じた瞬間だった。


そんな中で気が付けば無意識に手を差しのべ、掴んだ先が何故かカバンだった。おそらく、カバンの中に財布や携帯、本・・・これだけは失いたくない!!という潜在意識が働いてしまったのかもしれない。汗 

揺れている最中に机の下に引っ込めながら一階に落ちても軽傷でいられるように安全靴、帽子、マスク、作業服を着る。。。←これも無意識に生存本能が働いたみたいです(^_^;)


大きな揺れは2、3分位続いたようだが、体感時間では5、10分位揺れ続けていたような、長く感じた。

やっと揺れが止まるのも職場は埃まれ化しているので、マスクを付けてさっさとオンボロ建物を脱出。。。

おおっ、オンボロ建物の壁に大きな亀裂が・・・・。


地震発生後、ウチが住んでいる隣町から完全停電地域に・・・!!!町や信号全て明かり無しで、まさに暗闇のワールドだった。

隣町にいる友人2人が光を求めて彷徨っていた事もあり、自宅に泊まらせてあげる等、難民?に援助したりした。あせあせ(飛び散る汗)

まさか、今になって国内最大の大地震がやってくるとは思いませんでした・・・。


とにかく皆さんは無事のようで本当に安心しました。。


出来るだけ、被災地を1日早く復興するよう願いたいばかりです。
posted by ネリ at 02:12| 群馬 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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