2011年03月15日

東日本大震災

ウチは無事に生きています。。

3月11日に仙台で国内最大8.8の大地震が起きてしまい、多数の方々が被災されている現状には本当に心が痛みます・・・。

ウチが体験した地震の出来事は下記の通りです。


3月11日 最初は微小の揺れが起きた。 

職場の人達は「またかよ。こんなのすぐ収まるさ。」とノー天気にゲラゲラと笑っていた。

やがて、だんだんと揺れが大きくなってゆく。

「おおっー。やけに大きく揺れるねぇー、そんなのすぐ収まるから気にしない。。。さぁ、仕事、仕事。」

震度3、4位の揺れになっても職場の人達は微動せずノー天気でゲラゲラと笑いながら楽観的なムードでのんびり仕事をしている。


なぜ、そこまでノー天気なのか??それは大きな理由があった・・・。

大きな地震が来る前の2,3カ月位は震度1〜3位の微震が何回も出ていた為、職場の人達は地震に慣れてしまい、危機感が薄れてしまったのだ。汗(ウチも含めて)


だんだんと大きく揺れてゆく。


震度5を超えると、職場の人達は笑いの表情が消え、「え、えっ?い、今の揺れはちょっとやばい・・・?とにかく机の下に隠れた方が良さそうかな?」的な感じでやっと行動に移る事に・・・。



そして、震度6強の地震がやってきた。(群馬県)


「 うおおおおおおーーーっ!!!!  」


ウチの職場は2階建てのオンボロ建物だった為、立ち上がる事が出来ない位ゼリー状の如く思いっきり揺れ、天井がバンバンと落ちてきた。



「や、やば・・・・ここはオンボロ建物だから床が割れて一階に落ちるんじゃ・・?このまま落ちて死ぬのかな、オレ。」



バイク事故、ペルー沖大地震に遭遇して以来、久し振りに”死”を感じた瞬間だった。


そんな中で気が付けば無意識に手を差しのべ、掴んだ先が何故かカバンだった。おそらく、カバンの中に財布や携帯、本・・・これだけは失いたくない!!という潜在意識が働いてしまったのかもしれない。汗 

揺れている最中に机の下に引っ込めながら一階に落ちても軽傷でいられるように安全靴、帽子、マスク、作業服を着る。。。←これも無意識に生存本能が働いたみたいです(^_^;)


大きな揺れは2、3分位続いたようだが、体感時間では5、10分位揺れ続けていたような、長く感じた。

やっと揺れが止まるのも職場は埃まれ化しているので、マスクを付けてさっさとオンボロ建物を脱出。。。

おおっ、オンボロ建物の壁に大きな亀裂が・・・・。


地震発生後、ウチが住んでいる隣町から完全停電地域に・・・!!!町や信号全て明かり無しで、まさに暗闇のワールドだった。

隣町にいる友人2人が光を求めて彷徨っていた事もあり、自宅に泊まらせてあげる等、難民?に援助したりした。あせあせ(飛び散る汗)

まさか、今になって国内最大の大地震がやってくるとは思いませんでした・・・。


とにかく皆さんは無事のようで本当に安心しました。。


出来るだけ、被災地を1日早く復興するよう願いたいばかりです。
posted by ネリ at 02:12| 群馬 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
東日本巨大地震で、北朝鮮から初めて日本側に慰問の意を伝えるメッセージが送られました。

 朝鮮中央通信などによると、メッセージは北朝鮮赤十字会の張在彦(チャン・ジェオン)委員長名で日本赤十字社の近衛忠輝社長あてに送られました。「被災者などに深い同情と慰問の意を送る」とし、「被災者の生活が一日も早く安定することを願う」としています。今回の地震について、北朝鮮は、これまで国営メディアを通じて地震の発生や原子力発電所の被害について事実関係のみを報じていましたが、公式的なコメントが出されたのは初めてです。

Posted by 北朝鮮からの言葉です。 at 2011年03月20日 17:43
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