2010年09月02日

2008年11月ー海外の旅!!ーさぁ、地球最後の楽園へ。〜パラオ共和国編〜 1日目

 大変お待たせしました。待望の海外編ブログ更新開始!!更新を見逃すなw

  地球最後の楽園・パラオ共和国の旅!!  1日目 

2008年11月23日(当時24歳)
オレ(当時24歳)と嫁は故郷の北海道・札幌で結婚式を挙げた直後に二次会を行い、その後に快速エアポートの電車で新千歳空港へ。が、移動中にオレが着ていた上着スーツが友人の物である事を発覚。しかも、居酒屋に置き忘れたオレのスーツのポケットの中に肝心の航空チケットが・・・。慌てて友人に連絡し、友人4人、親がわざわざ新千歳空港まで来てもらう事に・・w お陰で無事に解決し、安堵を得た直後に東京へ出発。

翌朝、睡魔と格闘しながら2人で成田国際空港へ向かう。

ウチらの渡航先は・・・

”地球最後の楽園”と呼ばれているミクロネシア連邦ーー

  ”パラオ共和国”です!!!
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成田国際空港は一年振りで3度目の海外ですw(1回目21歳アメリカ・ラスベガス 2回目23歳ぺルー)

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AM10:30−いざ、パラオに向けて出発!!!

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ウチらが搭乗するフライトはコンチネンタル航空。

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PM3:00−乗継地・グアム国際空港でブラブラ。この写真は空港内で適当に撮ったもの。

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PM7:40−やっとパラオへ出発です。グアム国際空港で4時間も待たされたせいで、空港内が詳しくなってしまった。

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PM9:30−東京から発って11時間30分後、やっと・・パラオ共和国に到着。。

パラオはちょっと遠いけど、移動時間の半分以上が待ち時間。どんだけ長く待たされるんだよ・・・・・。それに暑いな、、、湿気が高くて亜熱帯地帯そのものといった感じがある。

もうグタグタなので、バスで前に予約したホテルまで移動し、ベッド上にダウンして1日目終了。


  1日目

東京〜成田国際空港〜グアム国際空港〜パラオ共和国

2010年09月04日

2008年11月ー海外の旅!!ーペリリュー島・戦争遺跡探検!!〜パラオ共和国編〜 2日目前編

   地球最後の楽園・パラオ共和国の旅!!  2日目 前編

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パラオ共和国の町の風景。ここは首都のコロール島です。

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小学校・・・・?

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AM7:30頃に起きてホテル内のバイキングで朝食を済ませた後に出迎えのインパックツアーのバスに乗って港へ。 今回参加するツアーは、ペリリュー島戦争遺跡巡りである。

実を言うと、ウチは第二世界大戦の時に戦っていた日本軍の戦争遺跡を見るのが好きなんですW 

ご存知だと思いますが、かつては太平洋戦争最大の激戦地であり、5日で落ちる言われた硫黄島侵攻作戦を、一ヶ月以上持ちこたえて米軍を悩ませたという有名な硫黄島の戦いがあったんですよね。そこで、実は日本軍が一ヶ月以上も粘ったのは硫黄島だけではなく、ペリリュー島もそうだったんです。
戦争経過によると、米軍がペリリュー島も硫黄島と同様に「2、3日で陥没させられるだろう。」と宣言し、島へ艦砲射撃と高性能焼夷弾の集中砲火を浴びせ、周囲のジャングルを焼き払った後に海兵隊を主力とする約28,000名が上陸する。しかし、日本軍はゲリラ戦法による徹底的な組織的抵抗を行い、米軍に大きな損害を与えた。特に米軍上陸直後の水際での戦闘は凄惨を極め、大損害を蒙った米軍の第一次上陸部隊が煙幕を焚いて一時退却するという場面すらあった。そして上陸後6日目には全連隊が壊滅状態に陥るという前代未聞の事態となった。この事により、米軍第1海兵師団が全滅判定(損失60パーセント超)を受け、陸軍第81師団に交代していたという。3日で終わるとされた戦いは1ヶ月半も継続され、ついに米軍がペリリュー島を占領するのに上陸開始から2ヶ月半が経過しての事であった。

日本軍が見せた組織的な抵抗は、後の硫黄島の戦いへと引き継がれたという逸話があった訳ですから、いつかペリリュー島に訪れてみたいと高校の時からずーっと想っていたんですよ。笑

本当は、一番訪れてみたい島が硫黄島なんだけど、上陸条件が遺族関係者、自衛隊、政府関係者でないと不可能なので、この時点ですでに諦めています苦笑。しかし、フリージャーナリストなら上陸可能らしいという話を聞いているので、オレもいっそフリージャーナリストに装って上陸を試みようかな・・・・w

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いざ、出航ー!!

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コロール島⇒ペリリュー島へ移動(画像をクリックすると拡大します。)

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戦時に建てられた灯台??

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海めっちゃ広ぇーや。。

とはいえ、観光ボートがガンガン飛ばしながらダイブ!!着地!!を何回も繰り返しているせいで、背骨と腰が痛ってぇー!!!

頼むから、客の事を考えて優しく運転してくれ・・・・泣

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クジラ島。

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数知れずの島を通り過ぎていく。

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この島は”セブンティ・アイランド”。
この島は環境保護区になっている為、ボートの立ち入りも禁止されている。セブンティは海鳥・海魚の宝庫なので、もし解禁されたら是非シュノーケルしてみたいもんだ。。

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雲の眺めは最高です・・・。

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AM10:00−コロール島から出航して1時間後、ペリリュー島に到着。

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ペリリュー島のマップ。

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ガイドのワゴン車にツアーの参加者日本人女の子2人組、ボクとM、アメリカ人おデブさん5人を乗せて出発。

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最初に訪れたのは日米の慰霊碑。

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慰霊碑に銃弾の痕跡が・・・・

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アメリカ軍のお墓。映画でヨーロッパやアメリカの墓を見た事はあるけど、実際に見るとさっぱりしていて実にお洒落なお墓だなぁ。と、なんとなく思ってしまう。

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中川束さんの墓。中川束さんはパラオ育ちの日本人で、元海軍の軍人でもあり、「大東亜戦争で犠牲になった人々の慰霊のために半生を捧げたい」と1992年から現地に住み、日本人旅行者にガイドをされていたそうです。しかし、残念ながら2004年に亡くなられてしまったそうです。我々と同じ日本人として、心からご冥福を祈り申し上げます。。

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オレンジビーチ。

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ここは米軍が最初に上陸を試みた場所。(日本軍の猛反撃で一度は撃退された。)

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日本軍の猛反撃により、米軍の血で海がオレンジ色に染まったというオレンジビーチの由来をよく聞くけど、実際は違うそうで、本当の由来は米軍が作戦上海岸を識別するコードネームがたまたま「オレンジ」だったからだって・・・。

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米軍の慰霊碑。

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風化されている米軍のヘルメットは戦争の凄惨さを物語っている。

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戦争博物館。

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戦争博物館は元々日本軍の弾薬庫として使われていたようだ。

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米軍から集中砲火を浴び過ぎていた為、建物自体の80%以上が黒く焼き焦げている。

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裏口。

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移動中にガイドがこう言ってた。

今通っている道端に米軍と日本軍の遺骨が沢山転がっているんですよ。遺骨収集に努めているんですが、米軍と日本軍合わせて1万人以上の遺骨がペリリュー島に眠っているので、全部収集するのに数年かかりますね。。」と。

心霊スポットにしてはうってうけだけど、日米両軍の膨大な霊が出てきそうで怖いな・・・汗

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んん・・・? 

あそこに巨大な残骸が・・・・?

もしやー??

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米軍の戦車じゃありませんか!!!(正確には米軍の水陸両用戦車。)

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すっげぇ・・・・

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米軍の☆マークがある。

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米軍の水陸両用戦車の残骸とオレとM。米軍の戦車は思った以上にデカイな・・・・。

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日本軍の短砲。

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短砲は元々艦載用のようで、岩穴に隠して射撃したようだ。

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 ドラム缶を防壁として並べていたという。銃弾の痕跡が沢山ありますな・・・

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日本軍が地下壕として掘られた洞窟。向こうにある白い物体は・・・まさか、遺骨?!



   つづく

2010年09月11日

2008年11月ー海外の旅!!ーペリリュー島・戦争遺跡探検!!〜パラオ共和国編〜 2日目後編その1

   地球最後の楽園・パラオ共和国の旅!!  2日目 後編その1

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ペリリュー神社。2,3年前に新しく建て直したそうです。。

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あっ 日本語になっている。。パラオ人は読めるんだろうか??

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ペリリュー島の風景。ジャングルだらけだな・・・

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日本軍の慰霊碑。アメリカ人おデブさんは不思議そうな顔で慰霊碑を見つめている。

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はぁはぁ・・・山道を登るのきつい・・・

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日米両軍の慰霊塔。

やっと着いたーー。

塔があまりにも近過ぎてデカ過ぎで、写真枠におさまる事が出来ねーw

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左から見たペリリュー島の風景。

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右から見たペリリュー島の風景。

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ベンチでくつろぎながらペリリュー島の景色を眺めるオレ。

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道端に大きな廃船が・・・。



そして、ランチタイム。

「パラオ特製料理でも出るのかな?」とウキウキして待っていたら・・・・ガイドさんから差し出された飯が、「幕の内弁当」


・・・・・・・・

はっ?!

な、なぜ、日本の幕の内弁当があるんだ?!

ここはパラオなのに・・・。

現実の世界に戻されてしまったような気分で少しテンションが一気に下がってしまったというまでもない。

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木が倒れていて道路が塞がれてしまっている。

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どうやら現場作業員が木を切り倒していたようだ。ガイドが半キレで「木が邪魔なんだよーー!!!早くどいてくれない?!!通行の邪魔なんですけど!!」と怒鳴りつけている。

結局はルート変更に余儀なくされる事に。

ジャングルに入って10分後・・・

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おおおっ!!!

本物の日本軍のゼロ戦だぁーー!!


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不着陸の際、強い衝撃で切り離されてしまったんだろう。

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ゼロ戦ー1

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ゼロ戦ー2

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ゼロ戦ー3

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ゼロ戦は思った以上に小さい。昭和時代の男性の身長は平均165cm位だったんだろうか?

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日本軍の95式軽戦車。

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後頭部にキャタピラが巻かれている。何で巻かれているのか?はわかりませんが、多分、予備用なのかもしれません・・・。

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ハッチ?!

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日本軍の戦車は米軍より小さい。日本人の身長が低いから、戦車も必然的に小型サイズで作ったんだろう。 スモール製作の技術が戦後にも引き継がれてめっちゃ小さいスバル360の車を製作したしな・・・。これは日本人気質なのかも?

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日本軍の滑走路。 今は何もなく、時間が止まったまま風化してゆく滑走路の末路になっている。


 後編その2につづく
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